第二言語を学習しようとする者にとって、母語干渉は二つの時期に集中的に表れる。はじめは、学習初期に母語にはない言語事象をよく把握できずに母語寄りの発音や意味解釈を行い、文法解釈を誤る形として現れる。この時期の母語干渉は、学習者が「両国語の歴然とした違いを意識的に区別し、記憶する」という訓練に依って、比較的容易に排除できる。また、記憶の要点が第二言語そのものの特徴に置かれるため、学習者の母語の違いが、その誤用(特に文法)のタイプに影響することは比較的少ない。ところが、二回目にあらわれる母語干渉は、第二言語の文法骨格と相当数の語彙を習得したのちに「類推によって言語表現を構築する中級以上の段階」になって現れる。例えば、留学生に論文指導をする教師は「こういう誤用は○○国の留学生の文章によく見られるがどうしてなのだろう」とか、「個々の単文としては完全だが、何が言いたいのかわからない文章ができるのは何故だろう」と、しばしば困惑する。その原因は、類推の思考に多大な影響を与えている母語からの干渉が深く潜在化しているためと考えて間違いないであろう。
本プロジェクトは、ほぼ上級レベルに到達した外国語学習者の誤用を排除し易くするために、有効な指導方法を考案する必要がある、という教育現場での要求に答えようとするものである。
本研究は具体的な成果として、第二言語習得理論(SLA)の学説と実践の発展経緯を参考にしつつ独自の考察対象とするコーパスを開発することと、中級から上級作文教材を作成することを目標とする。依拠する学説としては、関連性理論、各種の翻訳理論および認知語学系の語彙論を主にとりあげるが、各研究者の研究歴にしたがって自由に考察を進めていくものとする。研究成果は、先行プロジェクトであるMOE(二国間共同事業・中国教育部と日本学術振興会)で刊行を始めた『応用言語学研究論集』(金沢大学人間社会環境研究科発行)誌上を中心に発表していく。
2種類2形式で、合計4タイプのコーパスを充実させていく。
2種類とは、学習者コーパス(学習中の学生による作文。別名、誤用例コーパス)と正文コーパス(公表された信頼できるソースによる文章)。
2形式とは、単一言語コーパスと二言語パラレルコーパス。
学習者(誤用例)コーパス | 正文コーパス | |
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単一言語 | 学習者の第二言語による長文の作文(日本語字数1200~2000)を収集した研究用自作コーパス | 現代漢語標注コーパス(中国教育部語言文字応用研究所作成、人民日報網/新潮文庫100選、青空文庫、研究用自作コーパス、朝日新聞COM |
パラレル | 学習者の母語と第二言語によるテーマ10題に関する作文(日本語字数800~1200)を収集した研究用自作コーパス | 中日対訳語料庫(北京日本学研究中心作成)研究用自作パラレルコーパス |
三段階を踏んで、作文教材を作成していく。
第一年次は学習者コーパスの作成とその効果的な利用法、および第一次研究資料としての活用方法を追求する。2月または3月に外部にも公開する研究会を開催。
第二年次は母語干渉の出現に関する理論的考察を深化させると同時に、既成の教材を分析・批評する。2月または3月に外部にも公開する研究会を開催。
第三年次はこれまでの研究の蓄積を生かして、上級作文教材(少なくとも使用本)を編纂して、出版による公表をはかる。